統合失調症とうつ病ですが、何か?

統合失調症とうつ病を併発して、5年がかりで克服し完治させたアラサー男の記録をまとめます。前職は営業職で病みまくり、今はストレスの少ない仕事で社会復帰を果たしています。

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統合失調症の親の悩みは深い・・・子供の立場から両親に伝えたいこと

      2017/07/16

精神障害とは何か?

まず最初に私が自分の親に常に言っているのは、「自分は統合失調症という障害を持っている」ということです。

これはことあるたびに言っています。というのは、親と言うのは自分の子供に対して、何も一切の期待をしない、そんな人はいないでしょう。

「自分の子供はバカだ。」と自ら口にする親は恐らくいないと思います。

 

しかし自分の子供に対して、予想外の行動や言葉を耳にすれば、「バカ」という言葉は口にすることはあるはずです。

この子供と親の関係は、親子以上に子供と大人の関係があります。つまり立場の違いです。

人には心の奥底で「優劣」をハッキリさせたいところがあります。

 

別に差別を意識していなくても、何か劣っているところとそうではない部分は、自分と他人の中に常に見ているものです。

例えば、医師から突然「あなたの余命はあと半年。」と言われるのと、「自分はガンかもしれない。」と勘づくのでは、

この2つの違いは根本的な部分を理解するのと、想像でしかない部分にありますよね。

 

普通の人が医学の専門家である医師の診断に、疑いを持って「信じない」という人は稀でしょう。

だからこそ、私は自分の親には「私は精神障害者だ。統合失調症ですよ。」とハッキリ言うのです。

どこかで治療の効果があるかもしれない、あるいは自分たちで対処できるのではないかといった、本人の障害をまるで災難のように感じて欲しくないからです。

 

「私の産んだ子供は、精神障害を持っている。」ことを、まず認めて頂きたいですね。

統合失調症は、何か空から降ってきたわけでも、本人が望んで負った障害ではありません。

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寄り添うわけでも放置でもない立場

統合失調症の親や身内、家族の方々は、自分の血族に統合失調症のような障害を持つ人が現れた場合、本当の本心はどう思うでしょうか。

そこが一番重要なポイントです。「これは病気だから、治療すれば治る」と思うかもしれません。

 

しかし統合失調症を含め、多くの精神障害は再発を何度も繰り返し、大抵は長期化します。

また統合失調症の身内を持つ親や家族は、「統合失調症の治療」に、何か特別な方法でもあると誤解している場合が多いです。

心療内科に行けば、急性期以外は普通に話を医師として、軽い脳検査などはあっても、その後は薬を処方されて帰るだけです。

専門の治療器具、あるいは施術が行われるわけではありません。

 

これは「医師が統合失調症を理解している。」からです。

一方の統合失調症の親や家族や身内は、関係としては血縁がありますが、障害の当事者ではありません。

愛情もしつけも無関係に、脳機能の不全によって、どこかで統合失調症として現れただけです。

敢えて言いますが、「統合失調症を含む精神障害とその親、家族や身内は一切の関係が無い。」と言い切ります。

 

確かにどこかに遺伝があるかもしれません。しかしそれを知ったところで、話を最初に戻せば、「現実を直視するだけ」になるので、無駄なのです。

治療に寄与する研究は、専門医師の仕事であり、統合失調症の親や家族や身内の義務でも、まして仕事でも無いのです。

親にとって、自分の子供は「自分の理解できる範囲」で居てもらいものでしょう。

 

しかし、いずれはその子供は大人になり、精神的には独立し、親とは全く違う感性を持つようになります。

この「個性」を否定する親なら、統合失調症の子供も自分の子供と認めたく無くなるのではないでしょうか?

統合失調症とは、あくまで本人がその障害とどう付き合っていくかの問題です。

 

「もっとまともになって欲しい。」と思っても、言い換えればそれは「親の思う通りになって欲しい」という事ではないでしょうか。

もしそのように親の望む”まともな人間”なら良いと思うのなら、単なるそれは親のコピーが子供ということになります。

人付き合いが苦手な人、一人でいるのが好きな人、映画を黙ってみるのが好きな人、人の個性は様々です。

 

親が芸術家、スポーツ選手を望もうが、親以上に子供次第では無いでしょうか。

そうであるなら、まずは「子供側に立ってものを見る」事が全てにおいて必要となるはずです。

ベタベタ付きまとうのでもなく、親と子で分けて事を上下で示すのではなく、「我が子は一体どんな風なのか?」をもっとよく見て欲しいですね。

 

理解不能な場合は、どう対処するべきなのか?

統合失調症は急性期なると、妄想から幻覚を頻繁に見るようになります。夕方から夜に激しい奇声をあげることもあります。

あまりの理解不能な行動に、どうして良いかわからないでしょう。

 

そこで平然を装ったり、放置して収まるまで放置するような、統合失調症の家族や親、身内の姿をこれまで何度も見てきました。

この態度は非常に良くありません。統合失調症の急性期特有のこの行動は、その親にとっては「これは統合失調症のせいだ。」と思いたいでしょう。

その考え方は全くの間違いです。誰でも激しい痛みや苦痛に対しては、それがどうにも出来ないなら、泣き叫ぶことだってあるでしょう。

 

統合失調症とは、その痛みや苦痛が「脳の異常活動」という形で、言ってみれば”暴走”しているのです。

これはすべてに当てはまることではありませんが、自分が統合失調症急性期の状態の時に、

親や家族や身内でない赤の他人から、大声を自分があげた時、それ以上に大きな声で「うるさい!」と怒鳴られたことがあります。

 

この声は、まるで普通の子供に対して接するような声質だったのをよく記憶しています。

親はおろおろ、もちろん身内も、兄弟も戸惑うばかりで何もしない家庭でしたが、唯一人間らしい扱いをされた感じがしました。

統合失調症とは、脳の全ての機能が異常なのではありません。

 

自分では「脳の暴走」を食い止める事が出来ない障害ともいえるのです。

その膨大なエネルギーを使い果たして、統合失調症の人の疲弊を黙って待つか、それとも会話は成立せずとも「暴走のはけ口」を受けとめてくれるかどちらを選ぶでしょうか。

それで統合失調症の親、身内、家族の考え方の違いが出るでしょうね。

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人格とは別物が精神障害の正体

是非統合失調症の子供を持つ、親やその家族や身内に伝えたいのは、統合失調症も含めた精神障害は、その人の人格とは全く関係が無いという事です。

急性期に行動が暴力的になることはあっても、刑事事件として検挙される精神障害患者は全犯罪の0.9%以下です。

 

その大半が急性期の妄想や幻覚によるものです。しかもその中でも、アルコール依存とか覚せい剤併用によるものになります。

これは、精神障害を持つ上で逃げ場のない状態が、如何に本人を追い詰めるかということを、よく表しています。

 

だからこそ、せめて統合失調症の親、家族、身内などが統合失調症の理解と認知をしておくことが、非常に重要とも言えます。

別人のようにしてしまうのは、脳の活動が限界を超えてしまっているからです。

 

国際的な精神障害のシンポジウムでも、急性期に入った統合失調症の脳波や、検査画像でもその時の脳は、脳の一部が通常の数倍の大きさで活動を続けていることが報告されています。

統合失調症は決して「心の病」ではありません。脳の異常でもあるのです。もちろんこれは、投薬によって鎮めることが可能です。

 

互いにカミングアウトし合う事

とにかく大事なのは、治療と統合失調症の親や身内や家族などが、互いに「カミングアウト」出来る環境にあります。

「私が統合失調症の親である」ことを、まず確実に認めることです。「これは本人の病気だ。」と突き放すべきではありません。

自分の子供である以上、素養の多くは親も持っているからです。

 

統合失調症を口することをタブー視するのは、自分は正常で、統合失調症だけが特別だという潜在的な区別になります。

統合失調症の親や家族や身内の方には、「自分の一部にある性質を、非常に強く持った人」が統合失調症として出てきただけ、そのように理解したらどうでしょうか。

 

普通でない事自体が安心感につながる

「自分の子供の将来が心配で、もしかしたらこの子は結婚できないかもしれない。」そう思うかもしれませんよね。

しかしながら、逆の立場で言えば、巷には児童虐待、我が子を殺す親も世の中にはいます。離婚の無い時代はありません。

結婚後しばらくして、相手が統合失調だったケースは、ネットの相談サイトでは数多く見受けられます。

 

一方で、自分が統合失調症であっても、治療で適切なケア、投薬を継続的に行い、事前に統合失調症の前兆を上手にコントロールしている人も多いのです。

当たり前ですが、精神障害は、本人が自覚していれば治療、投薬は普通に行っています。

 

慢性疾患の人が、自分の症状を知っていながら放置していないのと全く同じです。

「将来遺伝するから、結婚は無理。」、そういった意見もよく耳にします。

しかし普通の感覚さえあれば恵まれた人生かどうかは、周囲を見れば一目瞭然ですよね。

 

条件が整ったからといって、幸福は誰でも平等に配られるわけではありません。

むしろ、「自分はこのような生活だけど、それなりに楽しい。」と理解している方が、他人と比較して生きるよりもよほど幸せな生活だと思えないでしょうか。

「自分や自分の家族をよく知っている」ということは、その家庭と家族、親には安心感や安定感を与えるのではないでしょうか。

 

自分がもし視力を失ったら?

最後に、統合失調症とは話がそれますが、もし仮に自分が今この瞬間に、失明したらどう思うでしょうか?

それまで普通に手に取った物や形、色はすべて「感触」と「音」だけの世界になります。視力はわかりやすい例だと思います。

奪われた視力によって、何をどう感じているのかは、障害を持つ人でなければ絶対に理解できません。

 

しかし他人、あるいは親、家族や身内は、「自分の子供、家族は目が見えない」事だけは知っています。

果たして、「目の見える人」と同じように接したり、自分でその代りを将来に渡ってサポートできると思うでしょうか?

やはり、その子の自立を目指すはずです。統合失調症の治療もその目的も、全く同じです。

 

それに例え統合失調症であったとしても、いずれは本人でさえ「慣れ」があるんです。

これは経験者であり治療をしていたからこそ、よくわかっているものです。


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